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Edge of Heaven

 「ティファ・・・」

 深夜、マリンの小さな呼び声にティファは気がついた。

(マリン…… 起きちゃったのね)

 気だるい身体を起こそうとしたその時、隣で寝ていたクラウドが先にむくりと起きあがった。

「俺が行くよ」

 薄暗い部屋に脱ぎ散らかした服の中から自分のTシャツを選び出し、中途半端に身に着けたまま出て行くクラウドをティファは何も言わずに見送った。

(…… なんだか…… パパみたい)

 

 「ティファ少し具合悪くて、俺の部屋で寝てるんだ」

と、ティファの部屋の前でぽつんと立っている少女に、少し無理のあるうそをついた。

「…… 」

 マリンはぼんやりクラウドを見た。

 クラウドはうまく嘘がつけなかったことを見破られたような気分になり、

「眠れないのか?」と聞いた。

 その口調に自分でも嫌気がさす。どうして、もっと優しく語りかけることができないんだろう。

 マリンはうつむいてしまった。

 こういう時はティファが良かったのに。何も言わずに抱いてくれて、ベッドまで運んでくれて、髪を撫でてくれて、いつの間にか寝かせてくれるのに。

「俺でいいか」

 妙な質問にマリンはあきらめるしかなかった。上目遣いにクラウドを見てから控えめにうなずいた。

 

 子供部屋にはベッドがふたつあった。ひとつはマリンの父親のバレットがつかっていたものだ。クラウドはマリンが自分のベッドに入ったと同時にバレットのベッドに腰をかけた。

 「嫌な夢をみたの」とマリンがポツリと話した。

 苦手だなとクラウドは思う。どんな夢か聞いたほうがいいのだろうか。でも話したらまた恐怖が蘇るのではないか。自分だったら嫌な夢なんか話せないな。子供の時はどうだっただろう。父親は居なかった。母はどう接してくれていただろう。

 あれこれ考えていると、またマリンが話し出した。

「大人になったら嫌な夢を見なくなるの?」

 賢い子。疑問形なら大人は答えてくれる。

「そんな事は無い」

「クラウドも恐い夢を見る?」

「ああ」
 嫌な夢を見る。材料はたくさんあるんだ。喧嘩ばかりしていた子供の頃の事、神羅カンパニーに入社して挫折を味わった事、宿敵に焼かれたニブルヘイムと母の事、星が壊滅状態となったメテオの事。いや、たいていは助けることが出来なかった二人の友の夢。悪夢だ。最悪、だな。指先がチリチリしてきた。
「とうちゃんが・・・帰ってこなくて」

 どうやら、夢の話をはじめたらしいがそこからマリンは何も言えずにいた。泣くのをがまんしているようだ。
「バレットは大丈夫だ。俺より頑丈だ。熊と喧嘩しても勝つさ」
 ふふっとマリンが笑って、クラウドは安心した。モンスターが存在するこの地上で、うまい冗談とは思えなかったが、マリンがバレットを可笑しく思い出してくれたようだ。

 さあ、あとはどうやって寝かしつけようか。
「クラウドはどうするの?嫌な夢を見た時」

「そうだな、夢でよかったって安心するんだ」

「夢は本当のことにならない?」

「ならないよ」
 今度はうまく嘘をつくことができた。ときに現実は悪夢より酷い事がしばしば起こるだろう。夢でよかったじゃない、夢ならよかったのに、だ。

 

 ドアにノックの音がした。ティファがホットミルクを持ってやってきた。

「ティファ!」

 マリンが心からうれしそうにティファを呼んだ。やれやれ、俺の役目はここまでだなと、クラウドは深く息をした。

「わたしも恐い夢見ちゃったからマリンと寝ようと思って。」とティファがウィンクをした。

「ティファも? だからクラウドのお部屋にいたんだね!」

 無邪気な娘の言葉に僅かに顔を赤らめてサイドテーブルにミルクを置いた。
「ねえティファ、悪い夢を見たときは、夢でよかったっておまじないするんだって、クラウド」
 起き上がったマリンと話しながら、ティファはクラウドの横に腰をかけた。

「へーそうなんだー、試してみた?」

「うん、もうこわくないよ」
 少しニュアンスが変わってしまった言葉にクラウドは照れ隠しに

「おれのミルクは?」と話を逸らそうとした。

「え、飲みたかった?」

 じゃあ、と立ち上がろうとしたティファの腕を、いいんだ、というようにクラウドは握った。

 それを見ていたマリンが、クラウドにミルクのカップを差し出し、小さな声で言った。

「マリンの飲んでもいいよ……」

「いや、いいんだ」

 マリンはクラウドを気の毒そうに見ていた。

「そうだ、クラウドもここで寝ていいよ」

「それはありがたいな」

 クラウドが真顔で言うものだから、ティファは可笑しくてふきだしそうになった。

 前にも同じような事があった、あれは、バレットを見送った時、クラウドも家族にしてあげるねってマリンが言ったときだ。

 微笑むティファにクラウドも照れた笑顔を返した。


 そこは、天国の名が付いた店の二階。平和なひとときだった。夢のように。 でも現実はこのまだ若くて不器用な家族に、再びの試練を与えようとしていた。

 

 ――クラウドよ、そうやすやすと欲しい物が手に入るとでも?

 ライフストーリームの中で、思う者が居た。

 

 

 

                                                おわり 

 

 

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